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原子力規制庁の放射性物質拡散予測訂正に思うこと
加藤和明
2012年11月04日 |
9月19日に原子力規制委員会が正式に発足し、当フォーラムの副理事長を務めて戴いていた田中俊一氏が初代委員長に就任した。NPOであれ、無報酬であれ、兼職は認められないということで、9月5日付で「理事・副理事長の退任」を了承せざるを得なかったことは、当フォーラムの責任者としては誠に残念なことであった。田中さんには、高所大所から“己の信ずるところ”に従って、“お国のために”大いに働いて戴きたいと心底願っている。
さて、その規制委員会は、早速に「原子力災害対策指針」の策定に取り掛かり、10月31日に決定・発表を行った。今年度末までに「防災計画」の作成を求められることになる“関係地方自治体”の指定は、これまでの「10キロ圏」から「30キロ圏」に拡大された「重点区域」に該当するか否かで決めるとされ、その根拠としては「放射性物質拡散予測」を使用するとされた。ところが9月29日に規制委員会が発表したシミュレーションの結果は、その内容に不備があったということで、前日の10月29日に訂正版が発表されていたのである。藤村官房長官は30日午前の記者会見で「“規制委員会が誤った拡散予測を出した”ことは極めて残念」と批判し、田中委員長も「関係する地方自治体に混乱を及ぼした」として陳謝を迫られた。内閣官房が規制委員会をこのように批判するのは、内閣が本来持つべき“原子力安全に関わる政策の意思決定の責任”を規制委員会に押しつけようとしていることが背景にあるからであろう。
SPEEDIを使って行う「放射性物質拡散」のシミュレーション計算の委託を受けたJNES が“方位、数値の入力データ”を間違えたので、やり直したところ結果が少し変わったというのが、“内容の不備”の中身である。
須らく、予測というものには、本質的に“不確実性”と“不確定性”が付随するものである。入力のデータがぶれると結果はこのようにぶれるものだ、ということを人々に知って貰うことが出来たという意味で、筆者は今回の“訂正騒ぎ”は世の中のためには“益するところ”も少なくなかったと評価している。原子力や放射線の安全に係る情報の受け止めには、それに相応しい“情報リテラシー”を持ち合わせていることが重要である。規制委員会は、今回の“訂正騒ぎ”を“活用”して、このような視点からのポジティブなメッセージをも発して欲しかったと思っている。
一般にシミュレーションというものはモデルを構築して行い、モデルは数式として表され、数式には変数や助変数を含む。ある実験データ(の集まり)からそれを記述する数式を探索するとき、助変数(parameter)の数を多く入れる程“記述の精度”は向上する。しかし、そのようなモデルは使いにくいし、他のケースに対しても同様の精度で予測できるという保証はない。ここでは余談となるが、最適モデル探索の指針としては「赤池の情報基準
(AIC=Akaike’s Information Criteria)」などがつくられている。
閑話休題、このようなモデル依存のシミュレーション計算においては、入力データを少しばかり動かしたときに出力がどれくらい変化するかということも、定量的に調べておくこと(感度分析)が重要となる。SPEEDIの関係者も当然この“感度分析”を行っていると思うが、その結果についても規制委員会は情報の開示に努めるべきである。
わが国では、原発は海岸の傍に建設される。平常時の放射性排気は、風が陸から海に向かって吹いているときに行うことによって周辺住民へのimpact低減を図ることが出来るが、非常時にあってはそのような手法は使えない。単位量の放射性気体の放出がもたらすpopulation
doseが風向や風速の変化によってどのように変わるかを、予め見ておく必要がある。国が希求してきた原子力の安全神話が幻と化した今となっては、助変数に原子炉の出力をも取り込み、災害対策や災害発生時の必要経費を織り込んでの“投資効率”を算出し、経済的見地から原子炉の最適規模を検討することも試みられて然るべきと考える。原発の建設を検討する必要性は、少なくとも当面、存在し続けると思われるからである。
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2012年11月04日 |
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