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理事長コラム


計数率は正規分布に従う確率変数か?
加藤和明
2012年06月13日

 小学校への入学時においても、後期高齢者に対する公的健康診断においても、身長や体重の計測が、必ずといってよい位に行われている。特定の個人についての計測値だけを見てみても、身長は起床時と就寝前では異なるし、体重も食事の前後などで変化する。そのような変動要因を排除し、同一の計測器で、測定を繰り返したとしても、計測の読み取り値は一定とならないことが多い。測定精度が高いものほど測定値はバラツクものであり、ばらつきの様子は測定値がガウス分布と呼ばれる確率分布関数に従う確率変数と見做せることが多い。このような変数を本稿ではGで表すことにする。身体検査で計測される身長、体重、胸囲などの測定値は、特定の個人についてのものであれ、特定、不特定の別を問わず、集団についてのものであれ、確率変数Gとなる。

 統計学の教えるところでは「確率変数Gと見做せる変数間の四則演算の結果も確率変数Gとなる」とされている。

 従って、例えば、“肥満”の測度「(身長―胸囲)/身長」にしろ“水太り”の測度「((身長―胸囲)/身長)/体重」にしろ、確率変数Gとなる。

 翻って、放射線や放射能に係る物理量の測定・評価には、「計数率」の測定・評価を出発点とするものが多い。計数率nは、測定時間をt、得られた計数をNと書くとき、n = N / t と評価するのが普通である。実際に必要な評価量は実測で得られた計数率から、いわゆるbackground計数率を差し引いた、netの計数率であることが多く、G-G=Gと見做して評価値の算出や統計変動の大きさ(標準偏差)の評価を行っている。計数率も確率変数であることは、経験的にも容易に理解できることであるが、それが常にG型のものとなるとは限らない。

 計数率の評価に用いられる分母tは、望む場合には任意の品質(精度と確度)で計量できる非負の実数であり、計数率を確率変数たらしめている本質は、分子Nの測定値が、非負の整数でありポアソン分布と呼ばれる確率密度関数に従う確率変数(P)であることにある。そして、上述の如くG-G=G となるが、P-Pは一般にPとはならないのである。因みに、足し算の方はG+G=Gと同様P+P=Pとなる。このこともP-P=Pという錯覚を生みやすい背景となっているのであろう。

 計数率の測定・評価に際して、tの値の選択に何の制限も加えられないとするなら、tを十分に小さくとることにより、計測の回数を多数回繰り返したとしても、計数率を任意の有効数字で0.0とすることが出来ることになる。少なくとも“計数率”は非常にsharpな正規分布に見えるケースを生むのである。

 計数率の測定とその結果の“四則演算”によって評価される“定量”される結果を用いて為される“判定”(基準値との比較)の品質(判定力と結果についての確度)評価は、確率変数の性質がG型であると見做して行ってはならないのである。

 放射線防護の実務において、“標準手法”の冠がつけられ、今日巷で広く使われている、定量・判定の手法には、上記の理由から、問題なしとは言えないものが多いと思われる。
2012年06月13日



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