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理事長コラム


放射線防護に係る国の制度設計再構築の提案
加藤和明
2011年10月11日

【起】3.11から7カ月経過した今考えること

 現行の国の放射線防護に係る制度設計の基本は、原子力の平和利用を始めることにした時期に整備され、言ってみれば“原子力の傘”の下に置く形でつくられたものである。そしてそのシステムは“原子力は事故を起こさない”ことを前提に設計され運用されてきた。

 しかし、3.11の大地震動による東電福島原発の事故発生は、この前提を崩してしまい、“放射線防護に係る国の制度設計”破壊してしまったといってよい。3.11から7か月経過したというのに、多くの喫緊の課題が、未だ解決されないままである。このことが、災害の復旧復興の合理的方策を模索・検討する上で障害となっていることを実感する。
国(や地方政府)の金庫がカラッポの状態にあるとき、放射線防護に係る“災害からの復旧・復興”経費にも合理性に富む支出が望ましいことと考える。

【承】国の不作為とそれが齎した不都合の例

 放射線に限らず、安全管理の要諦はそのためのシステム設計と運用に在る。平時を想定して作成したシステムは非常時・緊急時にはそのまま適用できるものではなく、なまじ“法令”の縛りがあることが障害となったり、必要な取り決めが迅速に決定されないことが大きな障害となったりする。3.11の大地震動発生は不可抗力であり、天災と呼ぶに相応しいものと考えるが、災害の規模がかくも大きなものとなったことには人的要因が大きく作用したことは否めない。特に東京電力(TEPCO)の第一福島原発(1F)の被災に限っては“人災”そのものとの思いを強くしている。

 国の最高指導者は、直ちに“国家が非常事態に陥ったことを内外に宣言”し、災害の程度を最小化するため、復旧・復興に障害となる法令等の効力を一時的・地域限定的に停止すると共に、非常時に必要な処置(取り決め)を機敏に決定しなければならなかったのである。

 このような施策が適切に採られなかったため、起きた事象の幾つかを、順不同で紹介する。
  1. 一般環境に想定外の放射線源が出現して環境の放射線・放射能レベルが異常に上昇したため、国から許認可を得て使用中の“特定放射線源”の使用施設等では、使用の前提に課せられている条件を満たすことが出来なくなった。ある事業所の放射線管理担当者が管理区域内の放射線・放射能レベルの上昇を阻止するため空調の使用を停止したいと監督官庁の担当官に相談したところ、法律違反になるので認められないと指示されたと聞く。

  2. ある会社の社長は、さる筋から、1F事故対処のため社員を福島に派遣して欲しいと要請を受けたが、緊急時の被曝管理基準は発表されたがものの、適用範囲や、事後の処置についての“情報開示”が十分でないことから、その会社にとって重要な人材を将来放射線業務に付けられなくなることを心配して、その要請を断ったという。“職業被曝”と“職業人”の理解(概念規定:定義)が、文科省や経産省と厚労省の間で一致していないように見えること、一般環境に出現した「東日本大震災起因の放射線源」の取り扱いに係る“職業被曝”と“職業人”の取り扱いについては、報道を通して知る限りにおいて、現在においても法的整備が為されていない。

  3. 日本原電の東海1号炉では、国の定めたクリアランス制度に則り廃炉処理の作業中であったが、A.で述べた如く環境の放射線レベル上昇により、クリアランスの判定測定が実効不能となり、作業が停止したままとなっている。原子力安全委員会が年10μSvに固執し、放射線審議会の年300μSvへの改訂に頑なに抵抗したと伝えられた“あの騒ぎ”は何であったのかと考える。(日本原電東海の知人から斜体字の部分は事実でないとのご指摘を戴きました。111011=21:51記)

  4. 輸入食品の帯放射能許容基準にはチェルノブイリ原発事故発生に際して決められた暫定基準値370kBq/kgが使われていたが、3.11事故の発生に伴い食品安全委員会が食品の暫定安全管理基準を500kBq/kgを定めたため、いわゆるダブル・スタンダードとなり、税関等で持ち込み検査は“開店休業”の状態であると報じられている。

  5. 1999年9月に発生したJCO臨界事故に際し、政府は原子力安全委員会の健康管理委員会の提言に従い、推定被曝実効線量が1mSvを超えた者に「被曝者」のレッテルを貼り、国費での健康診断を毎年続けている。今年は3.11事故の影響で予定されていた春には医師の手当等がつかず半年以上遅れて現在実施中である。1F事故で年1mSvを超える被曝を受けた“公衆の構成員”の数はどれ位になるのであろうか?

  6. 放射線審議会(の基本部会)が、10月5日、“住民に対する1F事故起因被曝線量”の“当面の管理目標”を年間1〜20mSvに緩和する方針を決めたと報じられたが、翌日の「福島民友」では“戸惑う市町村”“国の基準緩和に反発”“住民は方向性批判”などの見出しを付け、10月1日に発足したばかりの福島県広野町除染対策グル―プの松本正人リーダーの談話「住民から『安全の基準とは何か』と尋ねられた場合、国が示した年間1mSvと答えてきた。それを緩めようというのだから・・・」「基準がはっきりしなければ、私たちは何も住民に答えられない。『この数値だから大丈夫だ』というところを明確にして欲しい」を載せている。安全は相対的なもので絶対的な基準などないということを政府が明確に国民に示すことを、チェルノブイリ事故のときやJCO事故といった好機に、腰を入れてしなかったことが大きな付けとなって今回の災害の規模を大きくしているのである。
【転】現在何が問題か

 放射線防護に係る現行(2011年03月10日における)の制度設計には、50年前の基本設計時に遡るそもそもの欠陥(瑕疵)から、関係する科学や技術の進歩と社会やその構成員の“安全についての意識”の変化という経年変化に伴うシステム性能の劣化、まで多種多様に存在するが、この度の災害は「原子力は事故を起こさない」ことを前提に作り上げられた「放射線防護のシステム」に、対象や目標の設定と方策選択の再検討を迫っている。

 現行のシステムは、この国が原子力の平和利用開始を決断したとき、“原子力の傘(原子力基本法)の下”に収められる形でつくられたものであるが、仮に原子力の平和利用を止めたとしても国民は放射線との付き合いなしには実際上正の営みを続けることが出来ない。

 自然界には天然の放射線や放射能が充満しており、また国民の平均寿命を戦争直後の40歳台から約80歳にまで引き上げることに成功したのは医療の進歩に負うところ大であるが、その医療は放射線や放射能(放射性物質)の利用なしには成り立たない。

 国民線量の中で大きな割合を示している医療被曝に関わる安全管理までも原子力の傘の下で行うという方策は見直すべきであると考える。国民が過度に放射線の影響を心配するという現状を根本的に改めない限り、健全な医療の発展への障害となり続けると思われるからである。

 多種多様に存在する各種用語と基準の意味合把握の困難さ(吸収線量;実効線量;等価線量;線量当量;預託線量;外部被曝;内部被曝;10μSv/y;300μSv/y;1mSv/y;20mSv/y;100mSv;250mSv;生涯100mSv:3.85mSv/h;5,000Bq/kg;500Bq/kg;200Bq/kg;100Bq/kg;etc.)の排除、放射線安全管理の実務における「定量と判定の品質」の規定、国の意思として「安全の哲学」を構築すること、そして放射線以外のリスク要因が齎すリスクまで含めた“合理的な総括リスク管理の方策”の確立を目指すべきである。

【結】筆者が現時点で最適と考える“再構築”の案

  1. 「特定の“放射線源”の使用等を規制することにより、国民を“放射線の望ましくない影響の発生”から護る」という方策は維持する。

  2. 規制対象は“形態と量と使用目的、等”を考慮して決定するが、規制の“除外”“免除”“解除”については整合を取るものとする。

  3. 公衆(の構成員)の防護は、これまで通り、“環境保全”によって担保するものとする。(個人の集積被曝線量を、個人若しくは個人の所属する組織や自治体などの意思により、測定を行うことを禁じるものではない)

  4. 上記(3)の環境保全は、放射線の種類と性質の違いに応じて定められる荷重係数を乗じた放射線粒子束密度すなわち「加重放射線フルエンス率」を介して行うものとし、荷重係数はICRPなどの勧告する「リスク係数(現行ICRPシステムで使用されている実効線量の単位量が齎すリスクの推奨値)」などを参考に国が統一的に定めるものとする。また、環境保全の管理基準に使用する「加重放射線フルエンス率」の評価には、評価時刻から始まる1時間に受けるであろう「加重放射線フルエンス」の期待値を使用することとする。

  5. 上記(3)の環境保全の管理基準は、上記(4)で提唱する「加重放射線フルエンス率」(以後「防護線量率」と呼ぶこととし、“防護線量”はこれ1種類に限定して使用することとする)で評価した、2011年3月10日以前における世界各地の居住区域における環境放射線のレベルの最高値と変動幅を考慮して、日本国家が決定するものとする。適用は国内で統一的に適用されることが望ましいと考えるが、3.11により環境放射線レベルの地域変動が大幅に上昇したことへの対応策との整合を採る上で必要ならば、「特殊な要因が生じた際には地域と期間限定で特例値の採用」も在りうるものとする。

  6. 個人的には、上記(5)の管理基準値としては、その場所に1年間居続けたとしたとき、現行ICRPシステムでいう実効線量値で20mSvとするのが適当であると考えている。その理由は、いろいろあるが、

    6.1 (繰り返しになるが)2011年3月10日以前における世界各地の居住区域における環境放射線のレベルの最高値と変動幅を考慮してのこと

    6.2 現行の“放射線防護に係る国の制度”の設計時に手本としたICRP勧告のシステムは、“リスク要因として放射線被曝のみを考慮したものである”上、“適用(が妥当とされる)前提が平時におかれたものである”こと、また、基本としている“安全の哲学”が“ALARA精神の強調”に見られる如く、「各種リスク要因の間には様々のtrade-offの関係が在り、重要性の順位が環境の変化などにより経時的に変化するものであること」に配慮を欠いていること

    6.3 放射線被曝が齎すリスクの値は、被曝の様態、特に現行システムの用語でいうと線量率、に大きく依存する(最近発表された田ノ岡論文)ものであり、1時間当たりの線量率に相当する測度を用いる限り、現行の平時対象「特定線源起因の環境放射線レベル上昇の抑制策」は必要以上に厳し過ぎると思われること

    6.4 ICRPの放射線防護システムでは多くの影響について発現の可能性が線量の蓄積に応じて蓄積して増大するとしているが、一般に影響そのものには蓄積性はないのが普通であり、発現の可能性(すなわちリスク)は発現が見られなかった場合、結果としてその間のリスクはゼロとして確定し、将来にわたるリスクの総量は減少して行くものである。現行のICRPシステムは、この点で人々を誤った思考に導くところが大きく、3.11以降の日本においては、社会にとって有害な作用を及ぼしたと考えられること

    6.5 特定線源の使用に関わる職業被曝の年限度として国の現行システムでは平時に年平均5mSvと定めているが、これは実際上“安全側に立った職業人被曝の安全管理基準”であり、一般人の被曝管理基準を更に引き下げなければならない積極的理由が見つけられないこと

    6.6 3.11後、国内の特定地域に対して国が暫定的に定めた環境管理基準に年20mSvという値が導入され、それなりに“安全を担保する”ものであった。この値は“1F事故起因放射線源”による環境放射線被曝についてのもので医療被曝と3.10以前に存在していた自然放射線起因の被曝線量を除外したもの(「追加線量」と命名)に対するものであり(2011年8月下旬になって初めて政府から発表された見解)、ここで提案する数値は放射線の出自の違いを問わないものとしていることから、上記暫定基準より厳しい基準となっていること

  7. 一般公衆の立ち入る可能性のある場所の管理者(地方自治体の長や上記特定線源の使用者も当然含まれる)は、すべての所管区域に対して立ち入り者に上記安全を保証する責任を負う。(放射線レベルの上昇が間欠的で長期間の平均で担保するというような手法は認めない)

  8. 一般公衆の立ち入りが規制される区域に立ち入る者(従来の狭義の「(特定放射線源の使用に係る)放射線作業従事者」に限らない)には「放射線作業免許」所有を義務付けると共に、当該区域管理責任者が指名する「放射線安全監督者」の指示に従うことを義務付ける。「放射線作業免許」と「放射線安全監督者」は国家資格とし,現行の「放射線取扱主任者」の免許制度は廃止する。後者「放射線安全監督者」については線源の種類や使用形態の別に応じて複数の免許を用意するものとするが、大型加速器や原子炉等の特殊な“線源”については任命に際して監督省庁の同意取り付けを要件に付加する。

    現行の「第2種放射線取扱主任者」制度を「放射線作業免許」の制度に切り替えること、「放射線安全監督者」の有資格者には「放射線作業免許」も同時に付与されるものとすることが望ましい。

  9. 「放射線作業免許」所有者は放射線被曝に伴う当人のリスク管理を自力で制御するに足る知識と技能を持ち合わせていると見做し、当人の放射線被曝に係るリスク管理は自身の裁量に委ねられるものとし、一律の“被曝限度”は設けないこととしたい。「危険の回避と便益の追求」は全ての生物に共通する本能的欲求であり、人の場合基本的人権と見做されるものであるからである。例えば、平時の日本の地上で自然放射線により1年間に受ける被曝線量を、1日か半日で受けることになる地上約400kmの宇宙ステーションに滞在することを、放射線防護の観点から一律に禁止するなどといった方策は(現在誰も求めないから良いものの、そういう希望が出されたとすれば、それは)望ましくないことと考える。但し、当人の意に反して一定限度以上の被曝が予想される作業に就かせることは禁止し、違反者には重罰を科するものとする。

  10. 医療については“医療被曝の想定線量の事前告知と当人または代理者の同意取り付け”を義務付けることを前提に、これまで通り、別扱いとする。
2011年10月11日



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