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理事長コラム


『ビキニ被曝』に労災申請?
加藤和明
2016年01月14日

 2016年1月12日の毎日新聞東京版の1面トップに、米国がビキニ環礁で行った水爆実験で、“死の灰”を浴び、がんになった漁民が労災の申請を行うことにした、との記事が載った。 当時世間の耳目を引いた第五福竜丸以外の漁船乗組員だという。 地方版によると高知県健康対策課にも相談し、船員保険の適用による事実上の労災認定を望んでおられるようだ(http://mainichi.jp/articles/20160114/ddl/k39/040/617000c)。

 筆者はこの記事に幾つかの視点で疑問と不満を覚える。 以下は、この例とは異なるが、労災と仮定して議論する。
 米国が上記の水爆実験(キャッスル作戦)を行ったのは 1954年(昭和29年)3月1日のことであり、国が「労働者災害補償保険法」(労災法)を制定したのは 1947年(昭和22年)なので、時間関係において適否に係る問題はないとするも、就業中に遭遇した災害にこのような事象が含まれると当局は判断するものか、という疑問が第1に浮かんでくる。仮にその答えが yesであったとしても、法体系を構築する際に必要にして有用として導入した“時効”という概念の適応に照らして当局はどう考えるのかという疑問が次に出て来る。

 上の答えが noとされた場合には、当時米政府から日本政府に支払われた見舞金 200万ドル(当時の換算で 7.2億円)から“分け前”を出して欲しいとの訴えに変えられるのかも知れないが、時効の問題はこの場合にも当て嵌まることであり、これが第2の疑問である。

 関連して思い出すのは、原爆投下から 49年経った 1994年(平成6年12月16日)に公布され、翌年(7月1日)に施行となった「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」のことである。 広島や長崎に落下された原爆の「被爆者」の生存者の中から今なお「被爆者認定申請」に係る訴訟が起こされ、原告勝訴の報道が時々新聞等に報じられる。 司法が「被爆者」と認めると、当人には、当然のことのように、年2回の健康診断(さらに追加して年2回受けられる)を含む医療行為の一切(ただし例外疾病を除く)を国の費用で受けられるようになるし、高血圧性心疾患等の循環器機能障害の場合には、健康管理手当(月額34,030円、平成27年3月現在で 15.5万人)として、それも生涯に亘って支給されることになるという。 また、原爆症と認定されると医療特別手当(月額138,380円、平成27年3月現在で8,749人)が要医療である期間支給されるという(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/genbaku/index.html)。 被曝後 70年を過ぎ、幸いにして今日まで生命を失うことなく生きてこられた方の僥倖に祝意を呈することに抵抗はないが、“原爆被災が原因で想定される今後の余命短縮”に国がこの期に及んでなお何がしかの“援助”をする、ということには“割り切れないもの”を感じる。 先の戦争で被害を受けた者の間で著しく公平を欠くことになるからである。 同じような状況にありながら早くに命を失ったばかりにこのような便益に与ることができなかったという不公平もさることながら、戦中戦後を生き延びた日本人は、皆なにがしかの意味で「戦争により被害を受けた者」であり、その人達との間にも不公平が生じるからである。 庶民のやっかみを招くからよくないというのではなく、いやしくも先進国たらんと欲する国の住民として、国の行う制度設計と運用としては“恥ずかしいもの”と思うのである。 これが感想の3番目である。

 現行の法体系で、いわゆる職業人の放射線被曝に関して、一定の判定基準を満たしたときには「労災」補償の対象と見做すことになって居るが、その基準を、放射線被曝に係る安全の判断基準と混同している向きが、(3.11の遥か昔より)あり、3.11後も一向に誤解が解けないことに苛立ちを覚える。 制定の趣旨(使用目的)が全く別物であり、「疑わしきは罰せず」と同じレベルで設けられた判定基準なのであり、「疑わしきは救済」の精神で設けられたものであった(筈)。 当時としては当該職業人に最大限寄り添った“最適解”とされたものであるが、筆者には、当初から疑問を覚える施策であった。 考え方の基盤整備に不満を覚えるからであったが、今となってはそれ見たことか,と言いたくなる。 これが、第4番目の問題点である。


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