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理事長コラム


“避難区域”と“警戒区域”
加藤和明
2011年04月21日

 政府は、これまで“避難区域”としてきた、福島第一原発(F1)近傍20km圏内を、災害対策基本法に基づく“警戒区域”に指定し、今夜00時00分を以て施行することを、本日決定するとのことである。“避難区域”の指定には避難についての法的拘束力はないのに対し“警戒区域”にすると“一時帰宅”を認められた者以外は立ち入りができなくなり、違反すると法的処罰(10万円の罰金または拘束)を受けることになるという。要するに“居住禁止”の区域となるのである。

 長年、大型の高エネルギー加速器施設の放射線安全管理システムの設計と運用に関わってきた身としては、先ず第一に、このような“概念規定”の区域に対する呼称として“警戒区域”というのは“如何にも馴じまない”と感じられてならない。放射線安全管理の世界では、職業人(放射線業務従事者)といえども手続きを踏んで許可を得なければ入域できない「立入禁止区域」と、通常その外側に設けられる、予め指定された職業人なら所定の要件を満たす限り自由に立入ができるが、一般人には出入が規制される「(一般)管理区域」と、更に、通常はその外側につくられる、一般人にも立ち入りに際して所定の手続きが求められる区域があり「警戒区域」と呼ぶのが慣例となっているからである。原子力施設では「警戒区域」に準ずるものとして「周辺監視区域」と呼ぶものが使われている。

 第二に感じることは、より本質的ことである。そもそも「便益の追求と危険の回避」は、動物にとって本能的な欲求であり、人の場合においても「基本的人権」と認められるものである。危険が顕在化する可能性(の測度)をリスクと呼ぶので、リスクの低減化は“便益”の一種であると見做すこともできる。各種リスク要因の間には、したがって各種便益獲得手段の間には、よく知られているように“相補的関係”/trade-offの関係がある。

 リスク/ベネフィット(便益)比の評価は、個人や社会の価値観によって異なるものである。個人のリスクに関わる事象についてのリスク管理は、当人の裁量に任すべきであると考える。リスクの評価やリスク低減化に、個人の及ばないところがあって社会がその手助けを行うことができるときは社会が当然それに応える義務を負うべきと考えるが、一律にその“基本的人権”を束縛するというのは合理的とは考えがたい。国は今回、一般人に対する放射線被曝に伴うリスク抑制の限度を従来の年1mSvから年20mSvに引き上げたが、仮にこれを超えたとしてもそれによって受ける放射線リスクの上昇は知れたものであり、20mSv逸脱を絶対的に阻止するための方策に従うことによって失う便益は比較にならないほど大きなものと感じる住民も少なくない筈である。

 政府は、主たる目的に、住民の安全確保に加えて、留守宅からの略奪やコソ泥対策をも挙げているが、こちらについては街灯を増やすなどの方策もあり、住民側も自衛のために夜警団を組んでパトロールするなどすることで対処できることである。

 以上の理由で、筆者は本日政府が決定した政策には全く賛成できない。



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