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逆問題としての連立多元一次方程式の最確解
加藤和明
2010年04月05日 |
一次方程式 Yj = Σi Aij・Xi + Bij, ( i = 1, M; j = 1, N ) で与えられる“因果関係”がある。Xi
は“原因の要素iの量”、Yj は“結果の一つであるjの量”を表す。このとき、「Yj の一次結合 Z = Σj Cj・Yj + D を最大または最小とする
Xi の集まり{Xi} を求めよ」という問題によく出くわす。
例えば、国などの指導者が政策などの意思決定を行う際に、制御可能な“変数”をXi、Yj をそれによって齎されるであろう個々の“政治的結果”と見做し、Zを、指導者の
VisionやPolicyによって決まる評価関数値と見做せば、{Xi}の最適選択探索というのは、政治という実務をこなしていく上での“指導原理”そのものであり、上記問題の典型的な例である。
{Xi}と{Aij}が与えられたとき、結果として得られる{Yj}は、N ≧ M であれば一意に、そして確実に算出できる。このような問題は「順問題」と呼ばれる。実務の世界では、往々にして、何らかの方法で与えられる結果の集合{Yj}から、そのような結果を与える“因の量”の集合{Xi}を知りたいということが起こる。このような問題は「逆問題」と呼ばれる。
放射線防護の実務においては、放射線の計量が重要である。よくいわれることだが「計量なくして管理なし」である。放射線防護の世界では、放射線の影響をもたらす“原因の量”あるいは影響や影響要因の“制御量”としていろいろの“線量”が導入され、使用されている。しかし、残念ながら、そして困ったことに、それらを(定義に忠実に)直接測定できる測定器というのは、世の中に存在しない。実際には、放射線の場に何らかの働きかけを行って得られる“手応え”(=応答)の集まりから、逆問題として線量Xiを求めることになる。この“手応え”とは、放射線場をM次元Hilbert空間のベクトルとして表現するとき、この空間に持ち込まれる様々の面に射影されるベクトルの長さ(スカラー量:汎関数)を意味する。従って、ここでの逆問題とは、「N個
(N≧M) のベクトルの蔭の長さから、ベクトルそのものを推定する」ことになる。
現実の問題では、得られる“手応え”(=測定値)には誤差(不確実性)が不可避的に付随するので、{Yj}から{Xi}が一意に定まるとは限らないし、解そのものが見つからないことも多い。また、個々のXiには、様々の束縛条件があって、取り得る値域に制限が加えられることにも留意する必要がある。このようなとき、{Xi}のいろいろの候補について演算Y’j
= Σi Aij・Xi + Bij, ( i = 1, M; j = 1, N ) によってY’iを求め、これからΔ2 = Σj ωj・ (Y’j
− Yj)2 を計算し、Δの最小値を以って“最も確からしい解”と見做すという手法がある。ωjはjの重要性に応じて重みを付ける“荷重係数”である。{Xi}のいろいろの候補は、
“数え上げ”により“しらみつぶしに”行うのが理想的であるが、ベクトルの次元数を増やして精度を上げようとすれば候補の数が指数関数的に増加して行くので、利用できる計算機の処理能力や記憶容量に釣り合わないときには、モンテカルロ法に頼ることになる。
ともあれ、この手法は、放射線の場に測定器を持ち込み、放射線ベクトルの様々の射影ベクトルの長さを求め、それらから放射線ベクトルを求める仕事Spectrometryに適応を得ているように思われる。
K元ベクトルYが、K元ベクトルXに上記の演算を施して得られたものであるときには、マトリックス[Aij]から逆マトリックス[Aij]-1)を求め、これをベクトル行列Yに乗じることにより、解すなわちベクトル行列Xは一意に決定される。しかし、状態の診断や予測により得られた情報からベクトルYを求め、逆問題としてベクトルXを推定することを目的とする、逆問題の場合には、ベクトルYの各成分Yjには不確実性を伴うのが通例であり、実験的に得られることの多い変換係数Aij,の推定値にも不確実性を伴うことが多い。{Yj}や{Aij}に付随する不確実性は、その測度として、通常、揺らぎの程度を示す標準偏差が添えられる。
順問題としてYj = Σi Aij Xi を評価する場合にはYj の“揺らぎ”は、誤差伝播法則に従ってAijの“揺らぎ”からその大きさを評価できるが、逆問題としてXi
= Σj[ Aij]-1 Yj を評価する場合には、逆マトリックス算定の段階で“誤差=揺らぎ”の伝播を追跡することが叶わなくなってしまう。[
Aij]-1の各成分に最適と思われる推定値を使ったとしても、解が一意に定まるという保証はなく、解が見つからないことが多い。 このような場合、解の最確推定値を得る一つの手法として、{Xi}の様々の候補を(しらみつぶし若しくはモンテカルロ法により)持ってきて順問題として解き、得られたY’jと元々与えられているYjとの差ΔYjからΣj=1,KΔYj2を計算し、これが最小となる候補を以って“最確解”と見做すというものである。
順問題としてYj = Σi Aij Xi を評価する場合にはYj の“揺らぎ”は、誤差伝播法則に従ってAijの“揺らぎ”からその大きさを評価できるが、逆問題としてXi
= Σj[ Aij]-1 Yj を評価する場合には、逆マトリックス算定の段階で“誤差=揺らぎ”の伝播を追跡することが叶わなくなってしまう。それゆえ、いわゆるUnfoldingの問題は順問題として解くことが望ましいのである。筆者の知る限りでは、従来のUnfolding手法には、情報理論的に見て及第点を与えることのできるものはない。観測によって得られた情報の量は、情報処理の過程において、減少することはあっても増大することはないのであるが、この点に難点を持っているからである。
鳩山由紀夫首相は、東大工学部やスタンフォード大学大学院で数理工学を専攻し、いわゆる「ゲーム理論」などにも通暁した、この分野の専門家である。意識してのことか無意識の上でのことかは不明であるが、彼の政治的意思決定の手法は、荷重係数をωj=1として、上記の手法を用いているように見える。それゆえ、世間は彼のpolitical
judgments を“八方美人的”と受け止める。政治的な意思決定に上の手法を適用するには、visionやpolicyによって決まる荷重係数をキチンと定め、それを織り込むことが必要であり重要であると考える。
しかしながら、放射線場の解析を目的とするとき、場の“状態関数”についての a priori情報が皆無のときには、荷重係数をωj=1として上記の手法を用いることは理に適っていると考えられるのである。 |
(2010年04月05日) |
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